すべての行動には目的がある
どうしてこの子はこんなに手がかかるのだろう?
どうして授業中に黙って話を聞いてくれないのだろう?
そんな風に思ったことはありませんか?
教員になったばかりの1年目の私は、自分の指示通りに動いてくれない子や頻繁にトラブルを起こす子に対してそう思っていました。
そんなときに先輩から誘われて参加したのが、アドラー心理学の勇気づけを生かした学級経営セミナーでした。それが私のアドラー心理学との出会いでした。
アドラー心理学では、「人は目的をもって行動する」という考え方があります。
どんな行動にもそれをする目的があると考えるのです。
例えば、小さな子どもがご飯をもりもり食べて、親にたくさん褒めてもらえると、その子は「見て〜!」と言って口にご飯を運ぶ様子を親に何度も見せることがあります。ご飯をもりもり食べるとお母さんが喜んでくれる、きらいな人参を食べるとたくさん褒めてもらえるなど、子どもにはそれをすると自分にとってメリットがあるから、つまり「褒めてもらう」という目的があるから、ご飯を残さず食べたり嫌いな物もそのときは頑張って食べたりします。
逆に、子どもが悪いことをするのは親の関心を引いたり、自分に注目して欲しいという欲求を満たしたりする目的があるからだと考えることができます。
それでは学級ではどうでしょう?
例えばこんな学級があったとします。
授業中ざわざわと落ち着かないクラス。担任の先生はある特定の数名が授業中にうるさくするので落ち着いて授業ができません。
先生は当然、喋っている子達に注意します。
「○○さん、静かに前を向くよ」
「△△さん、教科書を開いて」
「□□さん、先生の方を見て聞いてね」
などの言葉掛けが毎時間続きますが、大抵、状況は改善されないことが多いです。
この子ども達は、なぜ注意されるようなことばかりするのか。それは、自分に注目して欲しいという欲求を満たす目的があるからだと考えることができます。
では視点を変えてみましょう。
騒がしい教室の中で、静かに、真面目に頑張っている子には担任の先生は注意する必要がないので注目してくれません。
さあ、あなたが真面目に頑張っている子だったらどう思うでしょう?
「私は静かに頑張っているのに・・・」ときっと不満がたまっていくことでしょう。
これが継続すると、「真面目に頑張っても先生は褒めてくれない、頑張っても私に注目してくれない」という学びをしてしまいます。
そして「だったら真面目に頑張っているのを止めて、好き勝手に注意されるようなことをした方が先生は注目してくれるのだ」という誤った学びをしてしまうのです。
先生が望ましくない行動を注意すればするほど、子ども達の注目して欲しいという目的は達成されていくので、騒がしくなる言動はエスカレートしてしまいます。
こんな風に、学級の中では先生が注目した行動が増えていくのです。それは、先生に自分を見て欲しい、先生に褒められたいという子ども達の素直な心の表れです。
目的論と原因論
子ども達の行動には先生やお父さんお母さんに注目して欲しい、認めて欲しいという目的があることが分かりました。もちろん、行動に目的があるのは子どもだけでなく大人も同様です。
例えば学校で意見の衝突が起こったとします。子ども同士の喧嘩やトラブルはたくさんの子ども達が一緒に過ごす学校では毎日のように起こります。
「トラブルになったのは何が原因だったのか、なぜこんなことが起こったのか、誰が悪かったのか」を追求したり、「ごめんね」と謝ってもうしないようにと指導したりすることがよくあります。
もちろん初めに事実関係を明らかにして要因を取り除くことは必要です。
しかし、私はこの時に大事にしていることがあります。それは、そのトラブルの原因となった言動や原因となった子を明らかにして、ジャッジをして、指導してお互いに謝って終わるだけにしないことです。
なぜその子はそんな暴言を相手に言ったのか、何の目的があってその言動をしたのか、心の奥を深掘りして言語化してあげることをします。
子どもには、その行動をした目的があるので何か不満があったり、何かを伝えたいのに上手く言葉にできなくて手が出たり、本当は分かってほしかったなどの目的があると捉えて、「本当は何を伝えたかった?」「本当はどうしてほしかった?」と問いかけて、心の中を探ります。
そうするとほとんどの場合、相手を傷付けることが目的ではなくて、自分のことを分かって欲しかったという目的があることが多いです。
このように、ある出来事を解決しようとしたときには、次の二つの見方があります。
一つは、上手くいかなかった原因に目を向ける見方。もう一つはその行動の目的に目を向ける見方。これをアドラー心理学では、「目的論と原因論」と呼びます。
子どもの行動を目的論で捉えると、その行動の背景にある目的(子どもが本当に望んでいること)を理解することができます。子ども達は、表面上の言動についての指導だけでなく、自分達の本当の気持ちに寄り添ってくれる大人に対しては心を開いていきます。
そして子ども達と深い信頼関係を築くことができるようになるため、私は指導するときにはできるだけ目的論で子ども達の言葉や行動を捉えるように心掛けています。子ども達は信頼する人の言うことはよく聞きますね。
つまり、望ましくない言動に対する指導もすんなり入るようにもなります。指導がすんなりと入るようになったときこそ、望ましい行動を教えてあげることができるのです。
「目的論」で考えると、目的をすりあわせたり話し合いを重ねたりして、より建設的に解決に向かうことができるようになります。
失敗したら「じゃあどうする?」と言葉を掛ける
先日、こんな出来事がありました。
私の勤務校では、配膳のときに全員がマスクをすることになっています。
冬休み明けの給食再開の初日、マスクを忘れた子が3人いました。
連絡帳にマスクをもってくる旨を書かせました。
翌日、3人はまた忘れました。きちんと連絡帳を確認するよう指導し、またその日も連絡帳に書かせました。そしてそのまた翌日・・・。
3人の内2人(BさんとCさん)はまた忘れたのです。3日連続です。
さすがに子ども自身も「まずい」と思って恐る恐る私のところに忘れたことを伝えにきました。
3回目ともなり、私もだいぶイラッときていました。
私は、「なぜ持ってこないのか」「なぜ連絡帳に書いているのに忘れたのか」「そもそも持ってくる気が無かったのではないか」など少し感情的になって叱ってしまいました。
そこでハッとした私。
「なんでできない?」「なんでしなかった?」「なんで失敗した?」と、『なんで?』という問いかけをしている限り、子ども達はできなかった理由を探します。
「なんで?」に返ってくる言葉は「だって・・・。」
「連絡帳を見たけど後で入れようと思って忘れちゃったから。」
「昨日は連絡帳を見なかったから。」
「マスクがなくて後でお母さんに聞こうと思って忘れたから。」
でも、私たち教師が欲しい言葉は、できなかった理由ではないですよね。
私も常に冷静沈着ではいられず感情が揺れるときは「どうして」と問い掛けがちですが、そんな自分に気付いたらすぐに切り替えるようにしています。
そして言い方をこう変えました。
「じゃあどうしたら明日持って来られるかな?」
「連絡帳に書いても忘れてしまうなら、代わりにどうしたら忘れないと思う?」
「なぜできなかった?」とできない理由を問うのではなく、「じゃあどうする?」と目的論で、できるようになる手段や方策を問う言葉に置き換えるのです。
「じゃあどうする?」
すると子ども達は考えます。
そして、Bさんは「マスクがある場所は分かるから帰ったらすぐに自分でランドセルに入れる」と言いました。
下に小さな弟や妹がいる子です。
「そうだね。きっとお母さんは赤ちゃんのお世話で大変だから、Bちゃんには自分のことを自分でできるようになって欲しいと思っているよね。Bちゃんが自分でやれるようになったら、お母さんきっと助かるよね。」
Cさんは「連絡帳だと見忘れる」と。
ご両親ともに忙しく帰りが遅いので連絡帳をこまめにチェックはしてもらっていません。
「そうだね、連絡帳、見せられない日もあるね。じゃあ、連絡帳じゃなくてどうしたら忘れない?」と問いかけました。
Cさんはしばらく考え、「宿題に貼れば忘れない!」と思いつきました。宿題は毎日きちんと取り組むようになったCさん。自分で宿題プリントなら毎日必ずランドセルから出すからと名案を思いつきました。
「なるほど!」と私は付箋に「マスクを自分で用意する」と書いてCさんに渡しました。Cさんは付箋を宿題プリントに貼って持ち帰りました。
「じゃあどうする?」と問いかけ、子どもが自らどうしたらできるかを考えることで、課題を解決する力を育むことができます。この力は、これから子ども達が成長し、社会で生きていく上でとても大切な力だと思っています。
また、「なぜできなかったか?」と、できない理由を考えることに不毛な時間を費やすことを阻止できました。そして子ども達にプラスの言葉掛けをできるようになりました。
後日、BさんもCさんもマスクをして配膳の列に並んでいました。
二人に「自分で決めたことをきちんとやれたね。先生もうれしいよ。」と言葉を掛けるとにっこりと笑顔を返してくれました。
このときの「約束したことを守れた」「自分で決めたやり方で達成できた」という感覚が、さらに今後の子ども達の成長につながることを願っています。
私自身もまだまだ自分の感情や思考をコントロールしながらですが、言葉掛け一つで、子ども達にとって考えるチャンスを与えたり、問題解決能力を育てるきっかけを与えたりすることができると実感しています。
これはもちろん学校だけに限らず、ご家庭でも、自分のお子さんにも共通して言えることですね。
「なんで宿題やってないの?」
「なんでゲームばっかりやっているの?」
「なんで約束守れないの?」
つい我が子だと感情的にもなりますが、ぐっとこらえて、「じゃあどうやったらできるのか?」を一緒に考えてみることで、理想的な生活や目標を達成することの第一歩となるのではないでしょうか。